2015年02月17日

同志ミクニャーコフ

 親愛なる同志諸君、ズドラーストヴィチェ。ミニャザヴート、ミーグ・マエコワスカヤ。
 もう随分前の話になるが、ある春の終わり、私ほか同志2名は、芸能プロパガンダ施設「CGプロ」の敷地内にある、古びたカフェを占拠した。
 今日はこのちっぽけな籠城事件について話そうと思う。

 ご存じの通り、アイドルとは、歌やダンスを通じて人民を思想的に善導する、一種の教化人員である。一応は公務という建前があるものの、やはり人気いかんによって、待遇は全く違うものである。
 事件当時、同僚が次々と巡業に繰り出し、党から表彰されるなど実績を積んでいく中、私はてんで鳴かず飛ばずの身だった。しかも中ソ対立の煽りで、猫=マオが毛沢東に通じるとの理由からファンを辞める者が続出していた。
 上司のタケヴィッチは、このまま成果を出せなければサボタージュとみなすと、再三私を脅した。そのくせ、こちらの出した企画書は読みもせず握りつぶすのだ。その理由がふるっている。「企画書の作成は企画課の領分です。貴方がたアイドルの任務は、指示通りの歌を歌い踊りを踊ることです」……何という硬直した官僚主義!
 つまらない指示通りのつまらない仕事をこなす日々。私は自分の仕事に、人生に倦んでいた。

 ある日、タケヴィッチがレコードデビューのメンバーを発表した。
 予想通り、私はメンバーに入っていなかった。普段なら、ウオトカを飲み散らかして同僚に愚痴って、諦めて終わりだ。しかし、ミア・ホンダーエヴァ、シヴャーリナ、シーマ・ムラウツカヤの新人3名がメンバー入りしていたことには、どうしても納得がいかなかった。
 私はタケヴィッチに再び企画書を提出した。思いを同じくする同僚たちと協同で作成したものだ。タケヴィッチは憂鬱そうにかぶりをふって、「検討します」と官僚的回答だけを寄越した。企画課との摩擦を恐れる保身主義の彼は、企画課の企画書に則ってプロデューサーがアイドルに指示を出す、そのトップダウンの経路から、一歩でも外れることを許容できないらしかった。

 頭に血ののぼった私は、抗議のための一斉ストライキを、同僚たちに提案した。
 言うまでもなく、ソ連において組織的な「怠業」は厳罰に値する。皆の反応は鈍かった。気まずげに目をそらす者、おずおずと諫める者、鼻で笑って相手にしない者、皆がその場を立ち去った。
 残ったのは、アンジュ・フトーヴァとリイガ・ジョーガスカヤの2名だけだった。アンジュは部署内随一の怠け者だ。自分がサボりたいから参加する、私の計画に相乗りして、労働時間の軽減を要求するつもりだなどと言う。もう一人のリイガは考え無しの付和雷同型、ただストライキという「反逆行為」に興奮し、ウラーとハラショーを連発するばかりで話にならなかった。
 アンジュは、この人数でストライキをしても効果が薄いから、少しばかり過激なことをやろうと「籠城作戦」を提案した。
 籠城といっても、本格的に人質をとるわけではない。そんなことをすれば刑事警察、下手をすればカーゲーベーのお出ましだ。その代わり、CGプロ敷地内のカフェを占領して、事件にならない程度の一騒ぎを起こしてやろうというのである。クビになるかは賭けだが、上手くやればデビューの確約を書面で獲得できる、何とまれタケヴィッチの昇進には確実に響くだろう、というのが、アンジュの言い分だった。

 思い立ったが吉日である。私たちは早速、構内のカフェに押し入った。
 客達を蹴飛ばし、怒鳴り散らして追い払った後、私とリイガは出入り口の前に机でバリケードを作った。
 何故か給仕のノンナ・アヴェスタイナは逃げずに居残った。人質は不要だから出て行けと告げたが、今のうちに経理処理の書類を作りたいのだと聞かない。
「全く罰当たりな。イヴァン大帝の御世には、こんなことは起こらなかったですよ」
 商売を邪魔されたノンナが、不機嫌にこぼしつつ事務仕事を始める横で、アンジュは大あくびをかいて横になり、リイガは声明文を作るのだと紙に向かって格闘するも、文法どころかキリル文字すら怪しいために、直ぐに諦めてペンを投げ出す。どうにも締まらない雰囲気と裏腹に、籠城から30分もすると、店の表に人だかりができた。
 そろそろ頃合いだから、ひとつ演説をぶってやれと、アンジュは備品のメガホンを私に渡す、それで私は準備も出来ないまま、聴衆に向かって呼びかけた。

『親愛なる同志諸君、ズドラーストヴィチェ。ミニャザヴート、ミーグ・マエコワスカヤ。
 私たちの要求はただ一つ、アイドル全員の、レコードデビューの確約です。
 アイドルは全員が、着任から今日のこの日に至るまで、粉骨砕身、一心不乱に、自分を曲げず鉄の意志で、党のために邁進して参りました。
 しかしながら、その献身は十分に報われたと言えるでしょうか。皆さんご存じのとおり、そもそも弁証法的唯物論によれば……』

 浮き足だった気持ちのまま、私の口はアイドルの習慣に沿って、自分の要求と党の教条をセットで語り始めた。
 退屈そうな聴衆の目。自分自身の声を他人のもののように聞きながら、つい先程まで沸騰していた血液が、次第に冷え切っていくのを感じていた。
 私が言いたいのはこんなことではないと思いながら、一方で言葉はすらすらと口をついて流れ続けた。
 言いたいことなら沢山ある。しかし何を?
 タケヴィッチを糾弾したい? ダー。彼には心底ウンザリしている。
 私を差し置いてレコードデビューした新人アイドルに唾を吐きかけたい? ダー。彼女たちなど売春婦にも劣る。
 トントン拍子で出世していく同期たち、ろくな仕事を回さない企画部、見る目のないラジオに新聞、態度の悪いファン、私のファンでない全ての人間、肥え太ったノーメンクラトゥーラ、チョールトヴァジミー、ブリンナダィエロ……そして全てが報われない自分自身の人生!
 カフカースの片田舎で生まれ育った私は、みすぼらしい村の景色、噂話しか能の無い人々に嫌気がさして、15の頃にモスクワまで飛び出してきた。それで運良くアイドルになれたは良いが、一体何が変わっただろう。
 街路にはみすぼらしい都市労働者があふれ、噂話が連日メディアを賑わせ、私自身はといえば、グルジア訛りを誤魔化すため、語尾に猫の鳴き声をつけて話す、そんな馬鹿みたいな芸を身につけただけだった。
 私は本当にこの仕事を続けたいのだろうか。何故デビューしたいのだろうか。
 ラウドスピーカーと化した自分のアジテーションから、次第に自分の要求が消え、ただ党を讃える言葉だけが並び始めて、そこで私は初めて気づいた。
 私は私が何を言いたいのかも知らなければ、言いたいことを言いたいままに言う言葉すら知らないのだと。

「官僚的作文はいいからさ、同志ミーグ、要点を言いなよ」
 野次馬が少しずつ帰り始め、私の演説が着地点を失い、話題が十月革命から日露戦争を経由してノモンハンの荒野に迷いこんだ辺りで、アンジュがぽつりと呟いた。
 カッとなって睨みつける私、しかし返ってきたのは気遣わしげな目だった。彼女の後ろでは、すっかり飽きてしまったリイガが、ノンナに昔話をねだっている。
 2人を巻き込んだことを後悔し始めた私が、もう止めにしようかと口にしかけた、まさにその時、
「マエコワスカヤさん!」
 群衆の中から、タケヴィッチの声が飛んできた。いつもの能面のような顔が、少し強張っていた。彼の頭の中では、既に始末書が8割がた出来つつあるに違いなかった。
 彼だけでなく、他のアイドルまで集まってきたようで、弛緩していたその場の雰囲気が、にわかに華やぎ始めた。
「アンジュちゃん、もう止めよう。みんな困ってるニィ」
「お前たちは完全に包囲されているー!」
「食糧を断つのは対籠城戦の基本であります」
「食糧といえば、こんなアネクドートを知っていますか。フルシチョフが肉屋に並んだら……」
 好き勝手に騒ぐアイドルたち。売れっ子連中のふざけ気分に対し、売れない同僚たちの眼差しは、いくぶん同情的だった。自分は味方だと訴えつつ、投降を呼びかける者さえいた。
 しかし結局、売れっ子連中だって会社には逆らえないし、売れない同僚もバリケードのこちら側にはいないのだから、いずれにしたって同じようなものだ。
 私は内心、タケヴィッチに感謝した。私ではもはや収集がつかない。強制力を持った何かによる幕引きが必要だ。なるほど世に独裁の絶えない訳だ。さあ、私をカフカースに追い帰すがいい。呪わしい官僚主義者、ベリヤがラコバをアブハジアに送り返したように。事実、私の臓物はすっかり磨り減ってしまっている。
 しかし、タケヴィッチは意外にも、私に頭を下げた。説明不足を詫び、上層部の方針によって、在籍する全てのアイドルはデビューすることが予め決定している、という事実を告げた。つまり私のデビューも、配属当初から決まっていたということだ。
「早く言ってよ……」
 私は崩れ落ちて、泣き出してしまった。そうとも、何故忘れていたのだろう。全ては予め決定されている。「全会一致の圧倒的大多数」によって。
 もちろん、私の票は絶対にカウントされないのだけれども。
 私はメガホンを放り出して、同志2名とともに投降した。これでクビになるにせよ、そうでないにせよ、続ける意味が全く無くなったからだ。

 私はクビにならなかった。
 私の演説に、少しでも政権批判が含まれていれば別だったろうが、実際はプラウダのような、党への滅裂な賛美に終始していたために、カーゲーべーに問題視されることもなく、籠城事件は度を超したイタズラとして処理され、私たち実行犯とタケヴィッチは、厳重注意および減俸で済まされた。
 なお、事件を起こしたことで、周りから冷遇されたりパルチザン扱いされるようなことは一切なかった。確かにリイガの姉ミカには散々文句を言われたし、アンジュの親友キーラ・モロヴォシェンコには、「おっすおっすボルシチ!」という例の決め台詞とともに多少ド突き回された。しかし、皆の態度は原則として「あの事件は単なる悪戯である」という上層部の公式見解に沿ったものであり、したがって私は相変わらず、うだつのあがらないアイドルとして扱われ続けた。
 タケヴィッチは、あの事件から酒量が増えたようで、痛む首をしょっちゅうさすっている。私への接し方が一切変わらなかったことは、或いは彼の美点なのかも知れない。要するに彼にとって、アイドル個々人の感情など、どうでもいいのだ。こちらとしては、その方が気は楽である。

 私は今までどおり、つまらない指示通りのつまらない仕事をこなし続けている。
 しかし、あの事件で私は変わった。私は二度と、自分の仕事に、人生に倦むことはないだろう。
 全ては党によって完全に設計され、実行される。郷土にいようがモスクワにいようが同じことだ。
 私は働き続けるだろう。昨日と同じ今日が来て、今日と同じ明日が来るとしても。既に定められている、いつか輝く日のために。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm20819266
posted by u_shino at 03:58| モバマス | 更新情報をチェックする