2018年06月16日

アダルトマン、コーヒー、ライター

「二度目の人生を異世界で」出荷停止
https://www.huffingtonpost.jp/2018/06/06/discriminatory-tweets-light-novel_a_23452803/

Youtubeのヘイト通報祭り、RADWIMPのHINOMARUなど、表現の自由関連の問題が最近目まぐるしく、正直ついていけていない。
ただ、「二度目の人生」については、我がオタク界隈のことでもあるので、これだけでも現時点での考えをまとめておこうと思う。
冗長になっていたら申し訳ないが、少しだけおつきあい願いたい。


@「差別は悪である」というコンセンサス

「二度目の人生」では、作者から「事実関係を明確に把握していなかった」、出版社から「差別を助長する意図は無いが無視できない表現」といったコメントが出されている。
出版社のコメントは、差別表現を無視しないという意思表示として、一定の意味があるものの、焦点が「不快な思いをさせた」であることは、少し気にかかる部分ではある。

この手の問題が起きたときは決まり文句のように「不快な思いをさせた」が出てくるのだが、どうにも奇妙な感じを受ける。
いったいなぜ、他人に不快にさせてはいけないのだろうか?
KKKのメンバーに向かって、「白人も黒人も平等に扱われるべきだ」と発言したら、もちろん彼らは激怒するし傷つくだろうが、それが悪いことだろうか。

「不快な思いをさせた」という表現が、何かの謝罪になったり説明になったりすることはあり得ない。
「どう間違っていて、どうするべきなのか?」を説明しない限り、謝罪は謝罪として何らの意味を成さない。

参考までに、余所の国のことではあるが、最近の類似した事例を挙げておく。
関係者は差別を明白に「悪」と規定した上で発言しており、彼我の水準の差を感じずにおれない。
http://www.bbc.com/japanese/44298233


A表現の自由の但し書き

「二度目の人生」はライトノベルだったので、我がオタク界隈では当然のように「表現の自由」が議論されている。
表現の自由にこだわることは至極結構なのだが、大抵の議論において、但し書きである「他者の権利を不当に侵さない限り」は読み落とされるようだ。
まさにこの「不当に」こそがキモで、何が不当で何が正当か、求められるのは是非を問う態度であるのだけれど。

是非を問うことから逃げ回り続ける限り、差別への異議申し立てを正面から捉えることは決してできない。
「差別を止めろ」は「不快だから黙れ」に聞こえるだろうし、問題ごとに個別に議論する態度は、正解を決して示そうとしないクレーマーの駄々にしか見えないだろう。

「表現の自由」の議論にしばしば登場する、不当に弾圧されたオタクという自意識は、こうしたところから生まれてくるのではないか。
差別をネタとして消費するオタク、或いはベタに差別主義者になるオタクが後を絶たないのも、やはり根は同じところにあるように思う。

※補足
相対主義の成れの果てとしての、サブカルクソ野郎の露悪趣味は、時に社会的弱者を踏みつける暴力になり得る。
自分自身にとって、とても耳が痛い話を見つけたので、自戒の意味をこめて、ここに貼っておく。
http://maga9.jp/180530/


B差別主義者を干上がらせるべきか

「二度目の人生」の出荷停止、アニメ化中止による、差別主義者への経済的打撃は、果たして諸手を挙げて歓迎すべきものだろうか。

「差別は損だ」という状況を作り出すことは、確かに差別に対する抑止力になり得る。
しかし、それは所詮が真似ごとであり、資本主義のフレームを借りた手法である以上、いつひっくり返されてもおかしくない。
資本主義者以上に、資本主義のフレームを上手く扱える者がいるだろうか?
損得勘定に土俵を限定するなら、断言してもいいが、我々に勝ち目はない。

実際のところ、差別は(未来を食いつぶしながら/差別される者以外の)全ての人間の物質的な豊かさを支えているのだから、「差別は損だ」は決定打には決してなり得ない。
であれば、反差別を言うには、損得勘定を踏み越えた視点、繰り返しになるが、是非を問う態度がなければならない。
損得勘定は社会正義を実現するための道具になり得るが、社会正義そのものにはなり得ないのだ。

※自己批判
僕の過去記事に関して、1点、自己批判しなければならない。
http://godhatesasshole.seesaa.net/article/419246928.html

最後の方で「出版社は、作家を差別主義者と名指しした上で作品を公表するか、さもなくば作家との関係を断て」と述べている箇所がある。
このくだりには、資本主義に対する批判的な観点がすっぽりと抜け落ちている。
看過できない誤りであり、本項を以て訂正したい。


今回はこの辺りで切り上げる。最後にまとめとして。

「二度目の人生」を巡る騒動では、差別への異議申し立てを「言論弾圧」と見なして、反発したり萎縮したりする態度が散見された。
これほど表現の自由からほど遠い、不自由な振る舞いもあるまい。
表現という営みは、それ自体が単独で成立するわけではない。
例えば小説であれば、作者がいて、出版社があって、読者がいる。そしてそれを取り巻く社会がある。
誰も無関係ではいられない。
だからこそ、誰も彼もが自由に考えて、物を言うべきだろうと思う。
自由に振る舞うことでしか、自由は獲得できない。
そして自由に振る舞うためには、自由とは何かについて考えなければならない。
換言すれば、自分自身の不自由さから逃れ出るためには、自分自身の不自由さと向き合わなければならない。
さもなくば、結局は自分自身の自由から逃走する羽目になるだろう。
posted by u_shino at 02:15| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年05月24日

ポリスが来たぜもう大丈夫

フリースタイルじゃない方のDungeon
https://mainichi.jp/articles/20180522/k00/00e/040/321000c

SWAT4のミッションを全クリア。
3と同じく、いきなり射殺は減点。一定の手順を踏まないと撃てないのがキツい。
敵は手順とかお構いなしにバンバン撃ってくるので、下手をすると仲間が全滅することも。
フル装備の特殊部隊5人vs半裸のチンピラとかだと、これでちょうど良いバランスなのかな。
後半戦、民兵やロシアンマフィア相手だと結構キツくなってくるけど。
DLCのステコフで導入されたランチャーがとてもよい。
CSガス弾を装備すると使えるCSガスが倍増するので、制圧がめっちゃ楽になる。
ただ、微妙に開けている地形だと、ガスの効果範囲外から撃たれたりするので、相性はある。
ビクトリー自動車整備工場とか、ウォルコット計画とか。
あと、芸が細かいというか、唐突にSWAT隊員同士で雑談を始めることがあって面白い。
例えばクラブの銃撃事件では「だから俺のガキはこんな所に来させないんだ」「そりゃ横暴だぜ」みたいな会話が交わされる。
地味ながら良いゲームだった。続編はもう出ないのかな。同系統の「Ready Or Not」に期待。

オナホールに「真実の口」というネーミングはどうなのか。
https://www.e-nls.com/pict1-51144?c2=9999
posted by u_shino at 00:58| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年05月14日

君を好きなのは、私だけだ。

不意に新興宗教ものの映画が見たくなり、2本ほど視聴。


「サクラメント 死の楽園」

人民寺院の集団自殺をモデルにしたサスペンスで、しかも主観映像もの。
元の事件がヤバ過ぎるだけに、面白くならないわけがない!
……と思ったが、ただ事件を表層的に映像化しただけの代物でガックリ。

いっそのこと、事実に即したドキュメンタリーにした方がよかったのでは?
それなら、少なくとも「新しい知識を得られる」というメリットはあっただろうに。

そもそも、せっかくのフィクションなのに、何故スケールを小さくするのか。
自殺者の数も5分の1くらいになってるし。
ヘリで脱出するとき、信者に銃撃されるシーンは、絶対に実際の映像の方が怖い。
https://twitter.com/i/web/status/863449993943818240

あと、集団自殺のシーンそのものに、尺を割きすぎている。
信者個々人との交流が大して描かれてないので、悲惨さという点でも刺さらないし、かといってゴア要素を見出そうにも、服毒自殺では地味すぎる。
「人民寺院事件を主観映像で体験しよう!」というアイデア自体は面白いだけに残念。

この事件の特異なところは、「死への恐怖という根源的なものすら、心理的な操作によって克服されてしまった」という点にある。
であれば、おそらく心理的な側面に焦点を当てた方が、つまり集団自殺に至るまでの経緯をじっくり見せた方が、怖さが増したのではなかろうか。
あるいは、単に怖さを追求するなら、もう集団自殺が始まったところからの脱出劇にするか。
同系列の映画でいえば、「コロニア」は、この脱出劇に特化した面白さがあったように思う。
亡命ナチ率いるカルト教団が、南米の独裁政権とタッグを組んで追いかけてくるので、逃げ場がなくて死ぬほど怖い。

いや、けなしてばっかりでもアレなので、一つ褒めるところを。
人物造形は意外に良かった。主人公の記者の、適度に軽薄なところとか。VICEJAPANにこういう奴いそう。
中でも教祖は頭一つ抜けて良かった。のらくら質問をかわすやり方、主人公への硬軟織り交ぜた脅迫は、いかにも人心掌握に長けた悪人という感じで。


「ザ・マスター」

アル中の退役軍人と新興宗教の教祖の友情もの。
サイエントロジーをモデルにしているらしい。
一気に体力を持って行かれる、変な後味の映画。
本当は、あともう2本くらい見る予定だったけど、お腹いっぱいで見られなくなってしまった……

ゼア・ウィル・ビー・ブラッドと同じ監督だそうで、そう言われればそんな感じはする。
抽象的なまま剥き出しになっている物語の枠組み(今回は「父と子」か)とか、濃密すぎる男同士の人間関係とか。
病的なまでにエゴの膨れ上がった狂人と、インチキで一定の成功をおさめている宗教家というモチーフは、まんまかも知らん。
ただ、本作はゼア・ウィル・ビー・ブラッドに比べると、いくらかユーモアがあり、救いのある話にはなっていたと思う。
「お前を葬ってやる、お前を亡きものにしてやる!」ではなく、「君を好きなのは、私だけだ。私だけが君を好きだ!」だし。
一番好きなシーンは、留置所帰りの主人公と、それを迎える教祖が、子どものように取っ組み合ってジャレ合うところ。
アル中のゴロツキとデブのインチキ教祖という絵面の汚さはともかく、直前の陰険なシーンとの対比で、作中ひときわ爽やかな優しさを放っているように感じた。

教団「ザ・クルーズ」の実施する治療(?)は、各種のセラピーのゴッタ煮で、融通無碍な新興宗教という感じが出ていて面白い。
この効きそうな効かなそうな治療の、無駄にリアルで長ったらしい描写が、本作の見所の一つだろう。
対話を通じて過去に遡り、問題の所在を探ろうとするのは、精神分析的ではある。
瞬きを禁じ、矢継ぎ早に質問を繰り出して、素早く答えさせるというのは、負荷をかけて防衛する暇を与えない意図だろうか。
集中力を養うワークは、集中によるトランスを引き起こす意図も見えるが、行動を繰り返して訓練するという意味では、行動主義的でもある。
部屋を行ったり来たりさせるのは、ボディワークっぽい。この辺は自信がないが、むしろ当時としては非西洋的な精神修養にも見える。
事前に意図を説明して同意を取らない、性的な言葉・否定的な言葉を投げつける、精神状態が不安定になるまでワークを強制する、他のスタッフに個人情報(ドリスのこと)を漏らすなど、現代アメリカでやれば告訴確実なやり方は、治療というより宗教っぽいけれど。
そしてこれらの描写は、インチキ精神療法として見ても十分面白いのだが、物語の中に位置づけられたとき、「教祖が主人公の問題をどう捉えており、どう修正したいのか」の直接的な記述にもなっている。
すなわち「目先の刺激に対して、動物的に反応するのではなく、しっかり自分自身の人生と向き合いなさい。他者との接し方を学び、集団の中に居場所を見つけなさい」といったところだろう。
しかし、自分の感じるところを体系化して「自分自身の人生」を頭に作り上げること、それを社会と関連づけて、社会に受け入れられることは、他者の説く主義主張に回収されることを意味するかも知れない。
教祖に対する主人公の答えは、後々の「バイクでどこまで走れるか」というワークで示される。さらにラスト間近の再開で、より踏み込んだ答えが提示される。
結局はハッピーエンドになったのかな。綺麗なラストだけど、主人公は長生きできないと思う。悪い奴じゃないんだけどなあ。

補足として。
本作の1950年代という時代設定は、まあサイエントロジーがモデルなのでまんまなのだが、それを措いても物語そのものにとって、かなり重要な意味を持っているように思う。
アメリカでは、第二次大戦が終わり、急激に物質面・技術面での発展が遂げられた時代であり、こうした時期には一種の文化の爛熟が起きる。
物質的な発展は社会的な矛盾すなわち格差を生み、また精神的な何ものかへの要求を生み出す。
既存の価値観が崩壊し、新しい価値観の模索が始まるのだ。
教団の「過去への旅」=退行催眠による前世の記憶の捏造、SF小説じみた教義などは、新しい世界への欲望と捉えることができるかも知れない。
戦争帰りの主人公が、アルコールやセックスといった物質的快楽に溺れ、そこに手を差し伸べたのが胡乱な新興宗教の教祖であったというのは、こうした時代背景をふまえると非常に象徴的である。


今日の映画の2本立てで何となく思い出したのだが、Xファイルには、人民寺院・前世の記憶・多重人格を天こ盛りにした回(シーズン4の第5話「追憶」)がある。
人民寺院とブランチ・ダビディアンを足して2で割ったカルト宗教が、違法に武器を隠し持っており、モルダーとスカリーがこれを押収するために動くという話。
この回のモルダーは普段にもまして様子がおかしく、前世がどうこうと言い始めてはスカリーを困らせる。
最終的には、教祖の妻(多重人格)と一緒に退行催眠を受けて、前世の記憶を思い出し、事件解決の糸口をつかむことになる。
こうやってまとめると、何というか色んな要素を詰め込み過ぎて訳が分からないな。結構面白いアタリ回だった。
posted by u_shino at 02:31| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年05月10日

ビバ、プレシデンテ!

Toropico5を全クリアしてるうちにGWが終わったよ。鬱田です。
何年も前に3をやって以来。相変わらずの時間泥棒。2回くらい徹夜してしまった。
ただ、3に比べると独裁者感は薄れたかも。
普通に善政でやらないとクリアできないし、タスクが超頻繁に発生するので、暗殺とか洗脳とか余計なことして遊んでる暇がない。
新聞、テレビ、学校のオプションも簡素になったし、キャラメイクでゲバラ、パパドク、ピノチェトとか選べなくなったし。
しかし、ペヌルティーモに顔がついたのは、ちょっと嬉しかった。ほぼイメージ通りのゲス野郎の顔。そしてエビータが可愛い。
https://uchigohan.biz/wp-content/uploads/2015/05/tropico5_2015050209.png

「Xファイル」見放題を目当てに、アマゾンプライムに加入。
しかし、シーズン4の途中で、Xファイルが見放題の対象から突如外れてしまった……ショック。
まあ、そのうちまた見放題になるであろう。という希望的観測。
むしろ代わりに、同じクリス・カーターの「ミレニアム」を見放題にしてくれないかな。
あれ、飛び飛びにしか見てないけど、すごい暗くて好きだったんだよな。何の救いもない感じで。

Xファイルの何がいいって、真っ直ぐなオカルト描写とか、小気味良い会話とか、90年代テイストの郷愁とか、褒めるところは一杯あるけど、やっぱりモルダーとスカリーの関係性だと思う。
二人は全く正反対の人物として描かれている。天才と秀才、社会不適合者と常識人、男性と女性、ビリーバーと懐疑論者という綺麗な対比。
ビリーバーと懐疑論者は、ボケとツッコミと捉えることもできるが、そもそも作品内では超常現象が存在「する」ので、その点ではスカリーがボケでモルダーがツッコミと言えなくもない。
そして奇跡とか信仰絡みの話になると、モルダーが急に懐疑論者に、スカリーがビリーバーになる。
この辺の多層的な対比が、単純な二項対立以上に、二人の関係を面白くしていると思う。
あと、男女のコンビだからといって、安易にくっつけないのも好感が持てる。
二人はあくまでも相棒であり、友人であり、その関係性に基づいて、互いを唯一無二の存在と認めている。
スカリーは「私が命を賭けられるのはあなただけ」とか言っちゃうし、モルダーも、スカリーが悪者に捕まると、日頃は余計なことにしか使ってない頭脳をフル回転させて助けに行く。
端的に言って、Xファイルは百合なのではないだろうか。

ちなみにXファイルといえば、「モルダー、あなた疲れてるのよ」の台詞が有名だが、意外に使用頻度は少ない。
ジェイソンがチェーンソーを使わなかったり、コナンがバーローと滅多に言わないようなものか。
「モルダー、あなた○○なのよ」のバリエーションとしては、「考えすぎじゃない?」レベルの軽いジャブから「少し休んだ方がいいわ」「専門家の助けが必要よ」などガチの心配まで様々で、変人モルダーに振り回される心労がうかがわれる。
シーズン3になって、「モルダー、あなた頭がおかしいんじゃないの?」が出てきたときは、とうとう言ったな、と思ってしまった。
スカリーも疲れているのである。


ECC百合。雑。
https://www.youtube.com/watch?v=1chZ_5jMdII

優しい
https://www.huffingtonpost.jp/2018/05/06/camerooncomic_a_23428402/

レイダーっぽい髪型
https://www.youtube.com/watch?v=nrwJVYfwvTE
posted by u_shino at 02:30| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年04月05日

スワッティング

SWATシリーズの新作が出てないかなーと思ってSTEAMで検索したら、何と3が売ってたので即購入。土曜日が潰れた。
めっちゃ懐かしい。SWATチームを率いて犯罪者と戦うやつ。

SWAT3はこれ。1999年発売。
https://www.youtube.com/watch?v=QTmwHBTX99A

ミッションに妙なリアリティがあって面白い。
銀行強盗やらミリシャの籠城みたいに派手な仕事がある一方で、バーでの喧嘩で銃撃戦とか、右翼オヤジが爆弾密造とか、ちょっとヤバい民間人が相手のパターンもある。
本物のSWATの人が監修をやってるだけあって、かなりディテールに拘ってるっぽい。
ところでC-4爆弾とCSガスとかは面白いのだが、ライトスティックは一体何の役に立つのだろうか……
人質や一般市民が死亡したらゲームオーバー、犯罪者もいきなり撃ち殺したら駄目で、最初に投降を呼びかけないと減点という、割とシビアなシステム。軍じゃなくて警察だもんな。
普通のFPSより、敵がやや地味めだけど、このシステムのおかげでバランスが取れて、ちょうどいい難しさになってるように思う。

ちなみに4は絶版になった上、権利のあれこれの関係でSTEAMでは売ってない。今から買う人はGOGで買おう。
この序盤のミッションが一番怖かった。
敵は変質者1人で、こっちはSWAT隊員5人なので、身体的な危険はあんまりないんだけど、とにかく精神的に来る。
https://www.youtube.com/watch?v=VqXbXIyf9tE


伏線
https://www.youtube.com/watch?v=RpvFQOiiBh8

伏線2
https://www.youtube.com/watch?v=4aSvNa25ov0


メールフォームに返信。

> 制服大量放棄やっべーっていうのが少女消失とは別の味わいのやばさがあって、
> これは忘れないうちに鬱田さんに教えておかないとと思って
> たれこみしておきますね。
> http://mumyouhoukou.blog130.fc2.com/blog-

夜見るのが怖いので昼に見た。
制服大量投棄は原因が分からなくて怖いな……
業者やマニアが不法投棄したか、そもそも投棄じゃなくて普通に現役の保管場所なのかも知れぬ。
というか、少女焼失を僕が知っている前提で喋るのは止めなさい。
タレコミありがとうございました。
posted by u_shino at 01:02| 日記 | 更新情報をチェックする